涙目筑前速報++

詰まるところは明日を知る なだらかな日々につまずいて 向かうところはありもせず、未来の居場所だって未定―秋田ひろむ

平成グッドバイ

今日で平成が終わる。
平成最後の日。

年号が変わるという経験は2回目。
1回目は昭和から平成の時。
両親と共に皇居へ記帳に行ったことが印象的だった。
何の因果か、今日と同じ雨の日だった。
寒いなぁという気持ちの方が強かったとということと、皇居の橋が大変立派で、偉い人が住んでいるんだろうなぁという事を子供心ながら感じていたと記憶している。

天皇という仕事は本当に辛いもんだと思う。
象徴とは簡単に言うが、俺の中ではその国の顔みたいなものだ。
海外との式典に日本の顔として参加したり、戦没者追悼式には国内の顔として毎年その悲惨さを悼み、災害地に赴き現地の方々に慈悲の言葉をかける。

学校や会社など、その集団の顔として外部と接するという事は、結構気を遣うものなのだ。
それが国家レベルというのであれば尚更だろう。
決してヘラヘラしながら出来るもんじゃない。

加えて天皇は祈っている。宮中祭祀の際に国民全員の幸せを祈っている。
俺のようなボンクラにまで。幸せになってくれと。
宮中祭祀の中身は非公開なので実際に知る事はかなわないが、聴く話じゃかなり過酷そうだ。

それを30年ぶっ続けだ。
どれだけ気を張り巡らさなきゃいかんのだろう。
その苦労は俺なんかの一市井じゃ計り知る事は出来ない。

俺は平成の世を生きてきた中で、常に上り調子な人生じゃなかったし、行ったり来たりを繰り返してきた。
そんな中、知らない所で俺の幸せを願っていた人が両親や妻以外に少なくとも1人はいたんだなと思うと、照れくさいというかありがたいというか何だかムズムズするものがある。
期待には応えなきゃいけないなという身がしまる想いと、こんなしょうもない奴でも幸せを願ってくれていたことには、感謝の念は出てくるものだ。

退位の儀をテレビで観ていて、そんな事を想った。
お疲れ様でしたと心から言いたい。


平成の世は本当に色々な事があった。
そして日付が変わるとその時代は終わり、令和が始まる。
時代のひと区切りというわけだ。

所詮は大型連休の1日にしか過ぎねぇよと思ってもみたが、やはり感慨深い想いは禁じ得なかった。
本当に、本当に色々な事があった30年だった。
これが歴史の積み重ねというものなのだろう。

俺の敬愛する向井秀徳の言葉を借りれば、歴史というものは大変すばらしいもので、終わる歴史もあれば続いていく歴史がある。
そういった積み重ねとして歴史が続いているのだ。
その重さを、その大きさを俺はこの先の人生で何らかの形にして行きたい。
いかなければいけないなと思っている。

令和の時代でその何らかの形を明らかにする。
それが俺の人生において、他でもない俺自身が決めた使命みたいなもんなのだ。

さようなら平成。